「昭和の木製机」の歴史について
このコーナーでは、「昭和の木製机」の歴史を振り返って生きたいと思います。まだまだ調査不足のため、内容が充実していませんが、今後皆様からの情報のご提供により、内容の充実を図っていきます。ご協力お願いいたします。
もともと日本の部屋は、フトン、ちゃぶ台など折畳んで押入れに収納したり、階段の側面に収納を設けたり(階段箪笥)、どこでも移動、収納ができるコンパクトな文机(座式)など、狭い家屋構造の中で、いかに空間を多く見せるかを理想としていたように思います。そこに明治、大正、昭和と時代を経るにつれ、収納不可能、移動困難な重厚間のある西洋式の家具が次第に入り込んでくるようになりました。重い腰掛け机はその典型であり、一種の違和感を感じさせつつ、畳の部屋で(畳の表面に深い窪みを生じさせながら)、その存在感を表現していました。平成の今、昭和の当時を振り返るにあたって、あの独特の違和感、存在感が逆に私たちに懐かしさと安心感を与えてくれているのだと思います。
あのデザインがいつどこで生まれたかについて調査を行いました。西洋から渡来してきた腰掛け机を、日本人に合うようデザインを改良して作り出したものなのか、あるいは西洋にあったデザインそのものを日本人が日本国内で生産しはじめたものなのか、最終的に文献資料等探し出すことができず、明らかにすることはできませんでした。現存する複数の机に関する調査から少なくとも戦前であることは間違いないのですが、それがいつ頃まで遡るかがハッキリとしません。大正なのか、明治にあるのか、興味はつきません。私達は勝手に「昭和の木製机」という表現を使っていますが、その歴史の解明結果次第では改名が必要になるかもしれません。ただ昭和のあの時代に一般家庭、企業に普通に存在して、独特の雰囲気を醸し出していたこと、そして平成の今、当時を振り返ると、懐かしい思い出の数々とセットでその存在を思い出すこと、などを鑑みて、現段階においてはあえて「昭和の木製机」と表現させていただいております。私達は今後も継続して調査を行っていくつもりです。もし関連するような事実、その他情報をご存知の方がいらっしゃいましたら、当社までご連絡いただければ幸いです。 以降では、「昭和の木製机」のその悲しい終焉についてのお話をいたします。
昭和の30年代まで一般的な家庭、オフィスで多く見られた木製の机ですが、スチール製の机の誕生により、その存在が次第に薄れていくことになりました。以下、「つくえ物語」(青也書店出版、桧山邦祐著)に、木製机とスチール製机の抗争、そして木製机の終焉が詳細に記述されていますので、そのまま引用させていただきます。
スチール・デスクが登場する以前の業界事情は、家具の中の洋式づくえという扱いで、専門メーカーはなかったに等しい。産業界自体の成長が斬進的で、耐久品である「つくえ」の需要がにわかに増加することは考えられなかった。また償却年限10ヵ年とされていても、実際には倍ほども使用されていたから、いっそう代替需要をおさえる格好であった。 ところが、30年代の高度成長時代に入るや、すべて範を米国に取る式の風潮が木製づくえの周辺にも及んできたのである。事実に即していえば、戦後アメリカ軍が進駐したとき、GHQ本部や駐留軍の事務所に一連のスチール家具が運びこまれていた。一部日本人の目は、それらに一種の近代的合理性をみたに違いない。一見クールにはみえるが、堅牛で、規格化が徹底、容量も大きい等の利点がある。その中にスチール・デスクがあったわけである。 それらは、どこまでもアメリカ生まれのものであったが、やがて日本の土壌の上に根づき、花開くようになる。何度もくり返すようだが、30年代の成長経済時代を迎えてからのことである。成長経済時代の重要な特徴の一つは、あらゆる商品に多様性を加味しながら規格化・量産化したことであった。
(中略)
木製家具全体を見渡せば、山林事業に因縁の深い地方業者が多く、製造設備も中規模以下、ことに零細メーカーが圧倒的で、量産体制をとり難い。そのうえ、国内の木材資源が減る一方で、原材は海外にあおがねばならない。適材を安定的に入手するには難がある。さらに労賃の値上がり傾向が強い。 ここに「木・鉄戦争」がはじまったわけだが、一方は切り込み隊、他方は防戦にこれつとめる専守防衛隊から成る。木の方は、前哨戦で製品の有利性を陳述する口上書まで作製したという。しかし、追う者と追われる者との心的情況は明らか。とかくするうちに、大手鉄鋼会社のストリップ・ミルがフル操業にはいるようになり、均質で、大量の薄鋼板が安く入手できるようになった。 東京勢では岡村、関西勢では伊藤喜工作所、くろがねのスチール家具メーカーの一斉進撃が始まった。工場設備の拡充により、製品構成の上で、スチール・デスクは1万3000円見当にまで引き下げることができた。他方、木製の方は1万円見当にまでセリ上がってきた。決戦の結果はいうまでもない。
なんだか寂しくなります。その後、オフィス家具業界においての木製机は、役員デスク等の特殊な机以外は一層されることになります。また一般家庭の机(特に学習机の分野)においても昭和30〜50年代にスチール製机が一世を風靡することになりしました。しかし今ではスチール製机は殆ど姿を消し、木製が大半を占めるという情況になっています。しかしながら、当時の懐かしい「昭和の机」のデザインが復活することはなく、今現在、骨董屋さんでボロボロになった当時の机がたまに見受けられるという程度になっています。

